金曜日, 5月 03, 2013

サポーターズ・ハイ(本編)

サポーターズ・ハイ(序)で書いたとおり、山本監督とアテネ戦士には強い思い入れがある。

田中達也、闘莉王、オーバーエイジの小野や高原、、
(高原は肺塞栓症で出場できなかったが)
今でも大好きな選手達ばかりだ。

自分にとっては黄金に見えるメンバーでアジア最終予選を勝ち抜き、アテネ行きを決定したのは満員の国立競技場だった。



国立が歓喜に揺れる中、西が丘サッカー場にいた。


国立霞ヶ丘競技場のまばゆいばかりの照明に対し、同じ国立なのに西が丘は裏寂れた感じがしたのは、やや暗い照明と、1000人と疎らな観客のせいだったかも知れない。

日本と勝ち点で並んでいたバーレーン。
予選敗退が決まっているレバノンが無気力な試合をして、大差で負けるとアテネの切符はバーレーンの手に入る。

手に入りにくく、バカ高い代表戦のチケットを買い、結果が予想できる試合より、ちゃんと監視しなくちゃ何が起こるか分からない試合の方が面白い

おまけに西が丘は霞ヶ丘と違ってピッチが近くてサッカー応援には好都合だ。



日本代表のアテネ行きを確実にするために集まった、サポと言うよりサッカーファンがほぼ100%の会場で、レバノン対バーレーンはキックオフされた。

試合後挨拶する両国選手



実力は明らかにバーレーンが上。
だが、まるでレバノンのホームゲームのような会場の雰囲気が試合を拮抗させていく。

左サイドを駆け上がったレバノンの選手に絶好のパスが入ったが、僅かに合わずボールが逸れる。
天を仰いで悔しがり、自陣に戻り掛ける選手。

ただほんの少しボールに触ったせいでバックスピンがかかり、タッチラインを割る寸前でピタリと止まってプレーオンの状態。


レバノンの選手に何語が通じるのか分からないから日本語で叫んでいたら周りの観客も呼応して、大きな声となり、やっと選手が気が付いた。

両軍選手がタッチラインを割ったとセルフジャッジしてエアポケットのようになった時、観客席からの声で我に返る。

レバノンの言葉で叫べばバーレーンにバレずにビックチャンスが観客のアシストで完成したかも知れないが、騒ぎに気が付いたバーレーンDFが一瞬早くボールに触って、絶好のチャンスは潰えてしまった。
サッカー専用スタジアムだったから起こった象徴的な出来事だと思ってる。

まあ、いくら声が届くからと言って、選手に直接指示したところで思い通りのプレーをしてくれるはずはない

そんな事より、「自分のプレーを注目している人がいる」と選手が自覚しているかどうかはプレーの質に直接関わる。

もしあの試合が西が丘ではなく、どこか中立国で行われていたらどうだっただろう。

消化試合のレバノンに対し、日本を逆転できる可能性があったバーレーン。
モチベーションの差がそのまま試合に現れ、10ー0なんてバカ試合になったら、アテネに行ったのはバーレーンだった。

その事を知っていた山本監督は勝利後のインタビューで、西が丘のサポーター達にもしっかりお礼を述べていた

そういう風にサポートを認めて貰える嬉しさもさることながら、実際に西が丘の雰囲気を作り、試合を左右させる事になった 手応えを伴った実感。

12番目の選手としてゲームに参加し勝利に貢献したと言う想いがサポーターをハイにさせる。



ああ、あの時自分が感じた気持ち。

言葉を重ねるほど、他人には伝わらない気がしてきた。


何かに強い感動を覚えた人なら共感して貰えるだろうが、シラケきった一億総評論家の時代では鼻で笑われそうだ。


サポーターとして活動する人達はそれなりの熱量があり、その熱源もそれぞれだろう。

自分の場合、あのレバノンvsバーレーン戦の興奮が一つのきっかけになっている事は間違いない。


エルフェンチャント集へのリンクはサイドバーに持って行きました。

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